空間デザイナー 水谷壮市さんに聞く 必要なものを見極める「引き算」のデザイン


WISE・WISEの社長が聞くVol.06
エルメスジャポンの国内オフィスをはじめ、アパレルショップやカフェ、歯科医院など多くの空間デザインを手掛けてきた水谷壮市さん。日本国内だけでなく、パリやインドネシア・ジャカルタなど、国内外で活躍されてきました。水谷さんは、「引き算のデザイン」の重要性を説きます。


佐藤:私が大学生だった1980年代にカフェバーが流行し、水谷さんは数々の有名店を手掛けていました。まさに、あこがれのスター。1996年、ワイス・ワイスの第一号店を恵比寿に開業した際にオープニングパーティで初めてお会いしましたね。その後、全国の秘湯を巡る旅企画「タケトラベル」で全国を回りました。

水谷:全国47都道府県、1741の自治体がありますが、まだまだ知らない土地、文化がたくさんあります。タケトラベルは0歳から80歳まで家族ぐるみで参加でき、年齢や性別、キャリアを超えて仲間として全国を巡ったのはとても楽しい思い出です。

佐藤:そもそも水谷さんはなぜ空間デザイナーになろうと思ったのでしょうか。どのようなデザインを心掛けていますか。

水谷:18歳のとき、世界的なインテリアデザイナー・倉俣史朗氏のエキビジョン(Exhibition)を見て「これだ」と決めました。その後、インテリアデザイン事務所に務めることができ、その頃は年間200件ほどの店舗デザインを手掛けていましたから、目まぐるしい毎日です。
この分野は、やはり欧州が先行しています。どうすれば勝てるのか。そう考えたときに、「足し算」で空間をつくるのではなく、「引き算」でデザインしようと考えました。
例えば、福島県会津若松市にある明治33年創業の老舗「坂本乙造商店」の蔵の改装では、必要なもの以外すべてを外してみました。そうすると、柱が6本、真ん中に太い梁が見えてくる。その樹齢100年は超えるケヤキの梁は、木の反りを生かして屋根を支えている。木の魅力と職人の技術が生かされているのです。
蔵は約200年前に造られたものですが、さらに100年使われることを意識して設計しました。現在は漆器のショールームとして利用されています。
デザイナーというものは、時代に迎合していくのではなく、「こっちの方向じゃないか」と探りながら、先の道筋を示していく役割があると考えています。
歯科医院の設計や内装も多く手掛けていますが、同じような空間が多い。

佐藤:世の中には「こうでなければならない」という、ある種の洗脳がたくさんあるように思います。住宅やオフィスの空間もそうです。メーカーに提案されるがままで、選択肢を持たないことも多い。人や暮らしに合わせたもっと自由な空間があっても良いですね。

水谷:約30年前に歯学部が増え、比例して開業医も増えました。医療機材は高価で、どうしても空間にあまりお金をかけられない。そうして、同じような待合室、診療室、仕上を使った空間ができていきます。メーカーもパッケージで売りたいし、本人も楽。
ただ、そこで自分はどうしたいのか、どんな患者が来るのか、どんな空間が合っているのか、考えることも必要です。
25年ほど前、ある神戸の歯科医院の設計を手がけました。阪神大震災後、「水谷さんの『作品』は無事でした!」という電話がかかってきたのです。一義的には、建物は施主のものであり、自分で作品だと言ったこともなかったのですが、「作品」と呼んでくれたことが意外で嬉しかったですね。

佐藤:水谷さんの設計は、古典と最先端が融合しているのも特徴ですね。

水谷:ザハ・ハディド氏に代表されるように、近年、建築の世界でも急速にコンピュータープログラムによるデザインが進んでいます。必要な条件を基にアルゴリズムを組み、コンピュータで解析する「アルゴリズミック・デザイン」は、さらにデザインの幅を広げていくでしょう。
フランス発のフットウェア、イグアナアイ(iGUANEYE)の世界第一号店が2014年に青山にできましたが、そのインテリアデザインを手がけました。「洞窟」をイメージして、アルゴリズミック・デザインを使って空間をつくりました。
2020年の東京五輪に向かって建築もどんどん変わっていくと思います。

佐藤:今後、日本の伝統文化・技術はどうなっていくとお考えでしょうか。

水谷:例えば、エルメスは売れるものはつくらない、残るものしかつくらない、という明確なポリシーがあります。高級馬具工房として創業し、鞄や財布などの皮革製品に軸足を移行することで成功しました。それを支えているのは職人の技術や経験で、いまでも高い品質と人気を誇っています。
会津の坂本乙造商店も漆芸技術を生かし、従来型の伝統工芸品から、車やカメラといった工業製品への展開、いまではオリジナルのアクセサリーブランドを立ち上げました。
こうして、「本当に必要なものは何か」を考えながら、変えるものと変えないものを見極めていくことで、伝統がこれからも生きていくのだと思います。

水谷壮一さんと佐藤
空間デザイナー 水谷壮市
1955年、福井県生まれ。1973年、中央大学経済学部中退。1975年、京都造形芸術学院卒業。1979年、Plastic Studio & Associates 入社。1987年、水谷壮市デザイン事務所設立。エルメスジャポンの日本国内の全てのオフィスデザイン、ファッションデザイナー高田賢三氏のパリの自邸のほか、複合商業ビルなどの建築設計、店舗やオフィスなどのインテリアデザインなどを手がける。JCD商環境デザイン賞大賞やライティングコンテスト最優秀賞、NGSデザイン賞審査員特別賞、郡山市まちなみ景観賞など数多く受賞。

- 2016年12月15日