場所文化機構代表・後藤健市さんに聞く「行き当たりばっちり」で、本気で楽しい「場所遊び」


WISE・WISEの社長が聞くVol.03
北海道十勝平野の食にこだわったレストラン「とかちの・・・」(東京・丸の内)や帯広の屋台村などを手掛けてきた「場所文化プランナー」の後藤健市さん。地域に眠る「ダイヤの原石」とそれを磨く外の人をつなぐことで、地域活性化に取り組んできた後藤さんに話を聞きました。

佐藤:当社が2008年、フェアウッド(合法材)や国産材に切り換える「グリーン・プロジェクト」宣言をしたときに、背中を押してくれたのが後藤さんでした。

後藤:突き抜けた「本物」は、これから間違いなく生き残っていきます。自分が信じるまだ見ぬ未来に進んでいく、その決断力と行動力が大切です。話を聞くだけでは何も生まれない。
まちづくりも同じで、ある種場当たり的な行動力が地域や人を動かします。ただし、あまり真面目になりすぎてもいけません。最近では、「『楽しい』と『美味しい』で地域を元気にして、『信頼』と『笑顔』で世界をハッピーに!」を掲げています。本気で前向きに楽しむことで、人が集まってきます。「行き当たりばっちり」の精神ですね。

■コンプレックスが「個性」に変わる

佐藤:地域を元気にするコツのようなものはありますか。

後藤:本物の場所と人をつないでいくことです。「ダイヤの原石」のようなその土地土地の魅力を外の力を使って磨いていきます。
「うちには何もない。つまらない」と考える地方の人は多いでしょう。私が「場所遊び」に取り組むきっかけになった帯広の小麦畑は、一見すると「何もない」。でも、黄金の小麦畑の真ん中にワインとチーズを持ち込めば、そこに良質な空間と時間が生まれ、地域が豊かになっていきます。
食べ物に旬があるように、場所にも旬があります。日本には、花見や月見など、昔から食や酒で「場所の旬」を楽しむ文化がありました。日本は四季があり、場所は様々な姿を表します。小麦畑は収穫までの7月末の2週間が一番いい。
人も、地域も「違い」があるのは当たり前。互いに格差や違いを尊重し、ポジティブにとらえることで、コンプレックスが「個性」になるのです。そして、それが地域の誇りとなり、まちは元気になっていきます。

佐藤:ワイス・ワイスも人とのつながりを大切にしています。社名とロゴには、人が手をつなぎ、豊かな社会をつくっていきたいという意味が込められています。
木材を供給する森や製材所などのトレーサビリティー(追跡可能性)も、つながりの確認です。フェアウッドや国産材にこだわるのも、このつながりを大切にしていきたいからです。

後藤:恐らく、他社が国産材を扱うようになっても、同じようにはいかないでしょう。それは他社が真似しようとしてもできない信頼関係があるからです。
「開いてつながっていく」ことで、物事はスパイラルアップ(好循環)していきます。自分だけでなく、全体が良くなっていくという感覚です。
十勝地方全域で展開していた十勝バスは、1970年代から利用者が減少し、40数年間毎年利用者が減り続けました。赤字の分は補助金で補てんしているような状況です。
ところが、創業家の4代目・野村文吾社長が再建を指揮し、社員のアイデアを採用し、地域住民の家を一軒一軒まわり向き合ったことで、乗客数が増え、2011年に増収に転じました。なぜバスに乗らないのか、どうしたら乗ってもらえるのか――、対話をしながら改善していったのです。これが地域住民の信頼を取り戻すことにつながりました。

■冬に収穫、十勝をマンゴーの産地に

佐藤:数年前から、十勝産マンゴー「白銀の太陽」にも協力しているそうですね。

後藤:マンゴーといえば、宮崎を思い浮かべる人が多いと思いますが、実は北海道はマンゴー栽培に適しているのです。もともとは宮崎県日南市のマンゴー農家が「お歳暮など贈答シーズンである真冬の12月にマンゴーを収穫したい。北海道なら実現できる」と、ノラワークスジャパン(帯広市)の中川裕之社長に相談したことが発端でした。
宮崎のマンゴーはハウス栽培で、冬を錯覚させることで、その後花が咲き、実を付けます。宮崎で12月に収穫しようと思ったら、9月に花を咲かせなければなりません。盛夏の時期に冬を感じさせる必要があり、それでは冷房代がかかりすぎます。
そこで、逆転の発想です。涼しい十勝で夏に花を咲かせ、温泉熱や雪、太陽などの自然エネルギー80%以上を使い、ハウスを温めます。すると、12月にマンゴーが収穫できるようになるのです。
高いものだと1個5万円で販売されたこともあります。現在約250本のマンゴーの樹があり、1つの樹に約50個の実を付けます。2014年は2000個のマンゴーを販売しました。
十勝産マンゴーは、新たな特産品になるだけではなく、環境配慮型の栽培方法で新しい価値を提供しています。
これも開いてつながっていったことから成功したプロジェクトです。一歩踏み出したことに大きな意味があります。

佐藤:私も仲間がいるということは大事なことだと実感しています。これまで国内外で地域を豊かにするプロジェクトを立ち上げられてきましたが、今後の展望について教えて頂けますか。

後藤:最近では海外との連携も進んでいます。これまでは地域と東京をつないできましたが、これからはアジアやパシフィックを中心に、地域と海外のつながりを強化していきたです。
また、会員制の新しい組織をつくるなど、傍観者を当事者にしながら、より多くの人を巻き込んで、社会を変えるムーブメントを起こしていきたい。例えば、月会費1万円を募り、それを「場所遊び」に使えれば、地域がもっと元気になる。い場所の原石が磨かれていくのです。
ただ、そこには本物の人や力が必要です。これは「行き当たりばっちり」ではなく、「最初からばっちり」の姿勢で、本気で慎重に進めていきたいですね。

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後藤健市
1959年、北海道帯広市生まれ。米国留学、東京での仕事を経て、86年、26歳で帯広に戻る。以来、社会福祉事業とともに地域づくりに取り組んでいる。場所文化機構代表、プロットアジアアンドパシフィック代表取締役会長、地域活性化伝道師(内閣府)、北海点字図書館理事長、全国視覚障害者情報提供施設協会理事長ほか

- 2015年12月04日