ファッション・ジャーナリスト 生駒芳子さんに聞く見えない部分まで美しく、21世紀の「ラグジュアリー」


WISE・WISEの社長が聞くVol.01
ヴォーグ、エル、マリ・クレールと、長くファッション誌の編集に携わってきた生駒芳子さん。2008年の独立後は、エコやエシカル(倫理的)、伝統をキーワードに、新しいファッションのあり方を探ってこられました。ワイス・ワイス佐藤岳利社長が話を伺いました。

佐藤:ワイス・ワイスは、「豊かな暮らし」をコンセプトに、国産材を使ったシンプルで長く使える家具を作ったり、日常生活を少し豊かにするような暮らしの道具を取り扱ったりしています。生駒さんにとっての「豊かさ」とは何でしょうか。

生駒:「ラグジュアリー」という言葉がありますが、20世紀のラグジュアリーと21世紀のラグジュアリーの意味は、変わってきているように思います。
私は2000年ころから、「エシカルファッション」を追求してきました。「エシカル」は英語の「倫理的」という意味で、環境負荷の低いオーガニックコットンを使用したり、児童労働に加担していなかったり、適正な賃金を払うフェアトレードを実践したりするなど、「目に見えない部分まで美しくあること」です。
20世紀は、物質的な豊かさでした。21世紀は、目には見えないモノに宿っている付加価値、物語が豊かさの象徴ではないかと思います。
私は1980―90年代くらいまで、パリコレやミラノコレクションを見ていたので、「トレンドがファッションを動かす」と考えていましたし、「新しい服は何だろう」とずっと追いかけていました。
しかし、90年代後半くらいから、地球温暖化を肌で感じるようになり、私自身の内なる声として「ファッションがこのままいくわけがない」と思うようになりました。自分たちの足元を見直さなければいけない時期にきていると考え始めたのです。

  • ■少数民族との出会い、「豊かさ」の再設定

佐藤:ワイス・ワイスは、「豊かな暮らし」をコンセプトにしていますが、きっかけは、インドネシアにあるスンバ島という島での体験でした。私は大学卒業後、大手ディスプレイデザイン会社の乃村工藝社に務めていました。
いまから25年ほど前、入社3年目のころに、大手百貨店のシンガポール出店のプロジェクトマネージャーになりました。当時はバブルで、日系企業が盛んに海外進出していたころです。
私は、まるで絵にかいたような「エリートな暮らし」をしていました。高層マンションに住み、車やプールもあって、メイドさんもいました。
クライアントは日本の代表的な百貨店でしたから、シャネル、プラダ、グッチといった名立たるブランドがテナント出店しています。それは大変なプレッシャーでした。昼は現場にいて、夜遅くまで事務的な作業をこなす。そうしたなかで、だんだんと体調を崩していきました。
それで、時間を見つけては、シンガポールを抜け出し、バリ島やその先のスンバ島など、どんどん遠くの島に行くようになりました。そこで出会ったのが、現地の少数民族だったのです。
彼らは、電気、ガス、水道、そして貨幣経済もない、いわゆる未開の民族でした。子どもと遊んだり、イカットという編み物をしたり、川で釣りをしたり。そうしたなかで、彼らの方が、文明社会に暮らす私より豊かではないかと思うようになったのです。
スンバ島のとある村の酋長に、「娘婿になれ」と声をかけてもらったりもしましたが、ここで自分一人が豊かになるのは違うと思いました。
豊かさとは、「座標軸の設定」です。人によって座標軸の設定が違う。そこで、日本に帰って、豊かさを再設定する仕事をしたいと考えたのです。それから3年後、独立することになりました。
ワイス・ワイスは2009年10月、グリーンプロジェクトを立ち上げ、「つながり」をより強く意識し、共感する人からしか仕入れないようになりました。原材料や加工場まで意識するようになり、木材の国産化につながっていったのです。

  • ■ファッションは人間の尊厳

生駒:私は何かモノを選ぶときに、まず、作り手の顔が見えることを大事にしています。そして、「エシカルファッション」の基本理念である「サステナビリティ(持続可能性)」であること。環境負荷や児童労働、オーガニック(無農薬)、フェアトレード(公正な取引)など、目に見えない部分がたくさんあります。
でも、それより前にあるのは、おいしさ、おしゃれさだったりするかもしれません。
3年ほど前、インドで東京ファッションをプレゼンテーションする機会がありました。スラム街の真ん中の四つ星ホテルに泊まり、大変な貧富の差を目の当たりにしました。
極端にモノがないところに行くと、たった一枚のワンピースや靴がどれだけ人を幸せにするか。服の原点、おしゃれの原点を感じます。
ネパールでは、フェアトレードの現場を取材しましたが、あんなに貧しいのに、女性は完璧なおしゃれをしています。サリーを着て、バングルを付けて、メイクをして、美しく歩く。庭の花をつんで、仏壇に生ける。
そうした姿を見て、人の尊厳を守るのに必要なモノは、ファッションと宗教だと思いました。人は崩れるときは、ファッションから崩れていきますから。
ファッションは、内面を移す鏡であり、人を支えてくれるモノです。ですから、こうした体験を通して、自分にとって必要なモノ、豊かにしてくれるモノと出会えること自体が幸せに感じます。

佐藤:WISE・WISE toolsでは、日本の伝統的なモノや技術を生かした暮らしの道具を取り扱っています。
生駒さんは、日本の伝統工芸を世界発進する「工芸ルネッサンスWAO」の総合プロデューサーを務めていますが、伝統的なモノを普段の生活に取り入れるコツはありますか。

生駒:カギを握るのは、「デザインの力」です。「デザイン」は、モノの本質を現代的な生活に翻訳してくれます。
パールは、冠婚葬祭の時に付けるような地味な印象がありますが、こうして三連でじゃらじゃら付けるのも魅力的です。今日私が身に付けている香水瓶ネックレスは有田焼、ストールは伊勢型紙です。ぱっと見て、伝統工芸とは思えないでしょう。
私は自分に何が必要か分かっていて、フィットするようなモノをつくったり、選んだりしています。WAOは2011年に始まりましたが、使う側がほしいモノをつくっていくことを大事にしています。

  • 伝統を進化・発展させながら守る

佐藤:日本で伝統工芸がなぜ続いてきたかというと、変化し続けてきたから長く続いている。ですから、続いてきたモノをただ守るのではなく、いまを生きている私たちが、未来に向けて、進化・発展させていくことが問われているのです。
やはり、素材と技術を生かすのは、デザインだと思います。伝統というと守りがちになりますが、進化してこそです。

生駒:全国各地の工房をまわっていますが、極端なことをいえば、日本のモノづくりは、世界を救うと考えています。
日本人の価値観として、自然と共生するという意識があります。そうした価値観がモノ作りに生きています。
他者の視点、使う人の気持ち、自然の力が融合している。日本人の精神性、宗教観、自然観、そういったことも含めて日本の伝統工芸を世界に紹介していきたい。

佐藤:生駒さんは、欧州を中心に活動されてきましたが、日本の伝統工芸に着目したのはどういういきさつがあったのでしょうか。

生駒:ヴォーグ、エル、マリ・クレールと国際誌に携わり、パリ、ミラノを見てきて、無意識的に美しいモノは欧州から入ってくると思っていたように感じます。
2010年からクールジャパンの会議に出るようになり、そのころ、金沢のファッションコンクールに審査委員として呼ばれました。
金沢の方が、伝統工芸の郷を見てくれということで、加賀友禅や加賀繍(かがぬい)などの工房を見学することになりました。 ぱっと見て、思わず「何これ!」。ものすごい発見をしたような気になりました。
まるで、エルメスやシャネル。どれを見ても美しい。ところが、地元の皆さんは、「未来がない」と声をそろえます。
それから、東京に戻り、ちょうどフェンディの日本支社長から電話がありました。「イタリアのクラフツマンシップと、日本の職人でコラボレーションしたい」と。
それから、一緒に金沢に行き、そこですべてが決まったのです。フェンディの日本支社長も、加賀の伝統工芸を見た瞬間、一緒に仕事をしたいと即決でした。
その半年後には、伊勢丹で、金沢の伝統工芸・加賀繍とフェンディのイベントを開催しました。
私はそのとき、「つながれる!」と直感的に思ったのです。日本から、エルメスやルイ・ヴィトンのようなブランドが作れると思いました。それが5年前のことで、いまのWAOの活動につながっています。
WAOでプロデュースしている製作の現場には全国各地、足を運んでいます。だからこそ、自信をもって、人に紹介できるのです。

佐藤:大量生産、大量消費、大量廃棄が20世紀型といわれていますが、その影で、特に地方の工房が苦しんでいます。
日本には、技術、精神性が美しいモノがたくさんあります。それが消え行こうとしているのはもったいない。大量生産品だけになれば、味気なくなってしまいます。

  • 「つながり」を取り戻したい

生駒:佐藤さんの思いや哲学が一貫していることがワイス・ワイスの魅力ですね。
国産化プロジェクトの話を聞き、日本の約7割は森林が占めているのにかかわらず、日本の森が危機に瀕していることにショックを受けています。それも、「目に見えない部分」でした。
ワイス・ワイスは、国産材、地産地消を意識しながら、美しいデザインの家具をつくり出す。何代にもわたって使える製品づくりは、時代の3歩先を行っていると思います。
経営的な効率性もあるなかで、あえて哲学を曲げないで良いモノづくりをすることは、とてもエネルギーがいること。でも、こうした活動自体が社会に元気を与えます。
ショッピングとは、投票です。私は納得のいかない企業の製品は買いません。野菜でも何でも、日々、一票を投じているということなのです。

佐藤:なぜこれはこんなに安いのか。何か安い理由があるはずですね。
そういったことにまで思いを馳せることが、より良い未来の創造につながります。
社会の最小単位は、家族、地域、職場。小さい社会で、思いやりながら、つながる意識を持てば、その範囲がだんだんと広がり、世界平和につながっていくのではないでしょうか。

生駒:佐藤さんがおっしゃったように、私も「人と人がつながる社会」にしていきたいと思っています。戦後、切れてしまった人の輪、地域コミュニティーを復活させようという動きがあります。願わくは、紛争がなくなって、人が穏やかに暮らせる社会になってほしい。
また、男女差は個体差があるので簡単にはくくれませんが、やはり「女性力」はあると思います。女性が肩肘をはって男性と同じように頑張るのではなく、女性にしかできないようなパートナーシップを組んだり、補完し合ったりするなど女性の力が機能するような社会になればと思います。
日本の女性議員の比率は世界113位で、先進国では最下位です。日本は男性社会で成熟しきってしまったので、構造は変えづらいですが、ぎすぎすした社会を流動化し、新陳代謝を促すような力が女性にはあるはずです。

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◆ファッション・ジャーナリスト 生駒芳子
兵庫県宝塚市生まれ。東京外国語大学フランス語科卒業。大学卒業後、編集プロダクションに所属し、旅行雑誌の制作を手がける。1998年、VOGUE JAPON創刊時に副編集長に就任。2002年からはELLE JAPONで副編集長に就任し活躍したのち、2004年よりマリ・クレール日本版の編集長に就任。2008年11月に独立。現在はフリーランスのジャーナリスト・エディターとして、ファッション、アート、ライフスタイルを核に、社会貢献、エコロジー、社会企業、女性の生き方、クールジャパンまで、講演会出演、プロジェクト立ち上げ、雑誌や新聞への執筆にかかわる。
- 2015年04月01日